人間は肉体的にでしか成長できない

 

せいちょう【成長】

育って成熟すること。

 

人って物理的にしかできないんだなって思いました。気持ちが変わったりできることが変わったり等、成長に類似しているところは多々あると思います。例えばわかりやすいのが我慢ができるようになったみたいな話、ただの変化だと思いませんか。肉体は飯食って寝ていればほっといても成長すると思いますが、精神的な部分ってある程度確立してしまうともう変えることができないと思います。

最近久しぶりに追っかける立場になったのですが、2、3年前と心の持ちようが全く一緒だと悲しくなりました。その間にいろいろ経験値を得て余裕もできているだろうと思っていたんですが根本的なところは過去をなぞっているだけで当時の感情がそのままぶり返しています。今です。勝手に怒ってるかもとか有る事無い事で一喜一憂して酒とタバコに逃げています。25になってそろそろ落ち着いて身を固めようと思っている矢先、1ヶ月も経っていないのに不安しかありません。前述した通り幾分か経験は積んだので対処のしようはあるけれど心の奥底の部分は不安と不満でいっぱい、我慢と諦めのよくない感情を押しつぶすことを覚えてしまって結果的には昔のそれと同じことをしている気がします。それが1番人間味があるのかもしれません。別れが怖すぎて脳みそだけがフル回転し口が上手く機能しません。それほど好きな相手を見つけれる人生はほんとにありがたく幸せなんですけれどその分悩みが尽きない。ありがとうございます。さっさと寝れば良いものを自らを追い込むように酒タバコを重ねてばかみたいに落ち込んでいる、成長のかけらも見られません。朝になって連絡が来るだけで安心してまた同じことを繰り返す。こんなものが人生なんでしょうか。そんなものなんでしょうか。人が生きるとかいて人生、ある意味では完璧に全うできているとも捉えられるのか。確かに間の恋愛は自分の中ではイマイチ火がついたような感じはなかったし追いかける立場を自分自身求めていたと言えばそうかもしれないけどいざ直面するとかなりしんどいです。こうやって記事にしてしまうあたりが本当に弱さであり愚かだと思います。蚊の多い季節に近づいてきましたね。うまい具合に逃げれる音楽も見つけるし追い詰められるとダサい態度をとってしまう。できることならしたいです、成長。幸せになりたいです。漠然と幸せに。覚悟はできてます。よろしくお願いします。

25歳と5ヶ月と3日

 

世間一般でよく聞く結婚相手の話に「自分とは全く違う部分があってそこに惹かれた」みらいなことがあると思うけど、自分の場合はそうとは思わない。絶対に自分と同じ部分が多い方が楽しいしうまくいく。うまくいくなんていう抽象的甚だしい書き出しも説得力に欠けるけど、違う部分に惹かれるなんて綺麗事かよほど自分のことを蔑ろにしている人だと思う。

 

いつかの記事で結婚するならビールが好きでたばこを許してくれて音楽の趣味が合う人、みたいなことを書いた気がするけど、全く違う人と付き合うとなると半年と持たない。実際持たなかったことが多い。チューハイしか飲まないもしくは酒を好きじゃない、タバコの匂いがするだけで嫌がる、音楽にあまり関心がない。どうやって仲良くなれと言うのか。なんの話をするのか。夫婦それぞれの趣味を尊重してお互いそこには干渉せずに一緒に生きていくのもあるのかもしれないけど、ほぼ都市伝説に近いと思っている。もはや居心地が良いだけの他人ではないのか。話を沢山して喧嘩して仲直りするのが恋人であり夫婦じゃないのか。多様化もいきすぎると意味を持たなくなると思いませんか。自分が本当に嫌いで完全に他人本位の人もいるのはわかるが完全に自分を殺せる人なんてそうはいないはずだと思うしファッション他人本位マンは今すぐに自分の小さな好きな部分を愛する努力をするべきじゃないのか。避けてきたから知らないだけだと思うんです。居酒屋でビールで乾杯して何にもない話をするのも好きじゃないけど嫌いでもない副流煙で煙たがるのもライブで馬鹿騒ぎする楽しさも知ってしまえば絶対にそれをそれの味を追い求めちゃうと思う。損をしてるとは言わないしそう生きたいなら勝手だけど楽しい方を選ぶのも悪くないんじゃないかなと思います。

非難したかったわけじゃなくて、自分の浅はかな成功体験を押し付けたかっただけです。誰も見てないけど誰にでも届くこの記事だからこそ書きました。散々良くないこととか人に迷惑ばかりかけてきて自分は幸せになっちゃいけないかもしれないなんて思ったこともあるけど、そんなことはないです。神様なんていないので。自分のしたことだけが全てだと思います。各自思うように幸せになろう。大事だ。幸せになることこそが人生なんだきっと。いっぱいライブ行こう。酒もしこたま飲もう。タバコも吸わせてくれ。そんで好きな曲流して死のう。いろんな形の幸せだけを集めて人生を終わらせたい。俺に任せろ。幸せにしてくれ。

親友の枠

 

自分には親友と呼べる人間が数人います。おれはこいつらが本当に大好きでまじで死ぬまで遊んでほしいと思ってるのですが、いくつか問題があります。一つに親友と思っているのが俺だけの場合。交友関係、恋愛関係などで顕著に見られる一方通行の片思いです。異性であればいくらでも諦めがつくんですがこれが同性となるとただただでかい悲しみでしかないです。俺はこんなに好きなのに、、、という平成こんにちは少女漫画でしか見たことのないような感情を抱かせてくれる親友(仮)の面々、毎日味噌汁作ってやるから一生一緒にいてくれや(三木道三)。二つ目はその親友が誰彼構わず人間に好かれるやつということ。みんな好きならおれもそのうちの1人か、と落ち込むし何より周りがそいつらを良く言いすぎて嫉妬します。男に。彼女とかに嫉妬とかはあまりしないタイプなのですが男友達には高頻度で悔しくなる。苦笑いで「わかる。」しか言えない。運転中に右向いちゃう。苦し紛れに口笛吹いちゃう。いくつかといいつつこの二つしかないけれどデカすぎる二つ。まじのまじで根っこがいい奴らすぎて早々に今世を諦めそうになります。こいつらのせいで自分がいい奴だよねと褒められても全く嬉しくない。あいつらの方がいい奴だから。好きな曲とかもそんな感じだと思います。sns上ではダメそうに振る舞ってる奴らが書く自分の過去性格からは想像できないほどのピュアなラブソングを聞いたとき、こいつらも根の部分は真っ白なのかといろんな感情が重なって死にたくなる。なんで自分はそうじゃないのか。どこで間違ったとかじゃなくそもそもが違う気がします。嫌な気持ちになりたくて書いたわけじゃないのにこうなってしまったことも全部が嫌。嫌ですねえ〜あーやだなあ!!!本当に好きなんです。同性婚が当たり前なら絶対に彼女なんて作らない。親友よどうか親友のままでいてくれ。おれの最後になってくれ。大好きだ。

たばこを吸うことについて

 

たばこ、吸ってますか

 

自分は真面目なんかではなくただただビビりであるとか安牌を切りたがる人間なので、酒とたばこは大学生になってから始めました。たばこは高校2年の時、あべちんと遊ぶようになって一度だけ誘われたことがあったけど吸わなかった。近所のコンビニの前でいつものように原付でだらだら話をしているときあべがおもむろにたばこを吸い出した。当時は完全にそれがかっこいいと思っていた時代なので「あべはやっぱり吸うのか、、、」ぐらいだったけど、ニヤニヤしながらトイレに行くと言いおれに吸いかけのたばこを預けたことはある意味ではおれの初めてのたばこかもしれない。前述したようにビビりだったこともあるが、高校生のおれは本当に吸い出すとやめられないと思っていたので頑なに吸わずに返した記憶がある。大学に入りいつの間にか吸うようになり、吸ったりやめたりを繰り返してハイパーヤニカスおじさんが誕生しました。昔とはうってかわって現在ではいつでもやめられるのスタンスで吸っています。今も吸っています。これは過去に1年以上吸っていなかった経験と今日この瞬間にも別に吸わなくても大丈夫という自信から成り立っており、本当に辞めれると思います。ただ幾多の禁煙の後に再び吸い出したきっかけが「かっこいい」と「吸ったからなんだというのか」と「好きな漫画のキャラ、好きなアーティストが吸っているから」というバカくそ安直ダサ理由なところは案外自分の愛するポイントなのかもしれない。

 

知ってますか。たばこってめちゃくちゃ臭いんです。普段バカほど吸っている自分でさえ他人のたばこには良い思いをしないのは自身の性格が表れすぎていて滑稽だなと思います。でも美味しいから吸います。最近はお酒よりもおいしくなりつつあって本数も増えてきて絵に描いたようなドブの匂いを醸し出しています。

 

最近よく口にしているのが、「新しく彼女を作るならばたばこにあまり口を出さない、ビールを飲む、音楽が好きの3つが揃ってる人が良い」というもの。全てうしじまくんのキャラで間に合いそうなところはやむなし、それが大事だと思うようになりました。実際それを満たしているからと言って絶対に満足するとは言えないけれど、そういうやつとはすごく楽しく話ができる気がする。またはそれらに理解があるというかある程度許容してくれる人がうまいこと自分の前にうまいことうまい時に出てきてくれないかななんて思ってますがたぶん2個先の来世です。ロックマンエグゼぐらい先。

自分の中で禁煙というかたばこを不意にやめたことが結構あるんですが、再開するきっかけがあるときは漫画、あるときは新しく見つけた好みのyoutuber、あるときは好きな曲の歌詞、といった感じで本当に薄っぺらく好きです。自分が。彼女がたばこを嫌いだからとか親になんとなく吸ってると思われたくないからだとかそんな理由でやめることもありますが結局吸う。吸わずに生きる10年よりも吸って失敗して成功する3年の方が圧倒的に自分らしさがあると思ってます。成功する前提は置いておいて。音楽と酒とセットじゃないですか、たばこって。バンドならなおさら。周りに合わせ続ける人生だけど少しずつ我のようなものを持てればいいなとおもってます。それがたばこなのはダサすぎてここでしか言えない。よくイライラしたときとか心を落ち着かせるためにはたばこはやめられないなんて話を聞きますが、てんで違う。完全に吸いたいから吸う。だってかっこいいもん。たばこから習うこともあるかもしれないなと思いました。

 

サンボマスターというバンド

サンボマスター」の名を冠するバンド、ご存知ですか

自分が物心つく時からデビューしており、今もなお夏フェス引っ張りだこのバンドです。個人の印象としては日本で最も有名な曲を書いてヒットを飛ばしているにも関わらず中堅バンドたちとライブやフェスに出続けている最高のロックンロールバンドです。名前を知らなくても曲さえ聴けばの第一人者、世界はそれを愛と読んだ瞬間、人類はタイタニックサンボマスターの2択に強制的に絞られます。

聞いたことありますか。おれはたまに聞きます。毎日は聞かないけど、週に一回、月に一回とかで聞きます。その度にやられるんですよ。サンボマスター。恐ろしいバンドです。

仲のいい友人には度々伝えてあるんですがもし無人島に行くなら持って行くアルバムは何かというわけのわからない空想、完全にどうあがいてもサンボマスターの武道館ワンマンのライブCDです。大きく離れてブルーハーツのシングルベストです。コムドットとヒカキンぐらいの差がありますここには。

特に何を言いたかったとか何を伝えたかったとかはないんですがとにかく本当にいい、本当にいい、本当にいい。いつ聞いても立ち止まって「おいおい、マジかよ、、、」となってしまうぐらい良いのに酒なんか飲んで聞いた日にはマジでありえないぐらい泣きます。あんなに好きだったじいちゃんの葬式分の涙をここで何でもない道路で泣き出します。それぐらいにいいのだこのアルバムは。

雑に生きてきた25年間だったけど、音楽の軸だけは定まりつつある。ルーツだとか思い出だとか丸々ひっくるめて自分が形成されつつある。当然まだ25なのでこれからどんどん素晴らしい曲に出会い心をぶち壊されていくんだろうけど、現時点でのベストアルバムは間違いなくこれ、サンボマスターの武道館ワンマン。全員に刺さって欲しいなんて思ってないけど、音楽がバンドが好きな人には思いがけず喰らってほしい一枚。これからも聞き続けます。わからんけど。

 

2023/02/22

 

最近、新しく友達ができた。

大学までは当たり前のように同じ空間に同じ年代の人間が同じ方を向いていたので自然と仲良くなってたけど、どこから友達と呼ぶのかが難しい。クラスやサークル関係なく、線引きを無意識にしてしまうのが自分の良いとこであり悪いところだと思う。遊びに行ったり飲みに行くと友達とするならば、番号が一つ前の授業のたびに話をしていたあの女の子は友達ではないのか。結局は社会人になっても連絡を取れる、取ろうとする奴こそが友達なのかとつまらない結論に至ってしまうのだけれど、逆に社会人になってから仲良くなった遊びに行った飲みに行った奴らはこれからもずっと友達として連れ添って行くと思う。自分の一方通行の感情だけれど。

友達ができました。今の事業所に来てから割とすぐ話はするようになっていた奴だけど先日ついに飲みに行った。楽しかった。楽しい以上のなんとも言えない感情があった気がする。めちゃくちゃ適当に言えば嬉しかった。25にもなって友達と呼べるものができたことも、初対面ではなく1年以上かけて友達になれたことも全てが相まって、嬉しくなった。尚更今いる友達も大事にしなくちゃって思わせてくれるきっかけをくれたあいつは、どうか自分の次に幸せになってほしい。

絶対に一生付き合って行くとは断言できないしそれだけを友達と言うのは違うと思う。多分今連絡取ってる半分ぐらいは10年後は連絡先も消えてるだろうし覚えてないまである。それでも学生時代までの隣のクラスにいる名前だけ知ってるやつとかすれ違うときに挨拶するだけのよっ友とはできあがった質が違う。ニュートンでもきっとこの質量は測れないとおもう。頼りたいし頼られたいし忘れかけた時に向こうから連絡してほしい。おれからは恥ずかしいのでお酒飲んだら連絡します。

そういうのを楽しみに先を生きるのも少したのしいんじゃないかなって思った。よろしく

逆張りおじさんはしゃがれた純真ラブソングに殺される

自分って何が好きなんだろうってほとんど毎日思っている。当然好きなこと好きなものは沢山ある。人生の半分を費やしたバスケ然り毎日のように飲んでいるお酒然り自分みたいな弱っちい人間とずっとバカをしてくれる友達然り。そうじゃなくて本当になにか一つ熱中できたことはあっただろうかとそういう話。バスケといえばたしかに小さいころからしてきたけど今はもうしばらくボールにも触っていないし酒や友達なんかはそういう括りとはそもそも違う。お菓子作りが趣味とは言うものの所詮趣味なのであれだけ作ったパウンドケーキの焼き方だって忘れた。映画をいっぱい見ようとかスポーツ観戦をする大人になろうとか競馬や競艇で生活していこうなんて考えることもあるが全てが中途半端で本当に1ヶ月も保たず全て思い出のゴミの中である。かなりありきたりかも知れないけど何にもない人間なんじゃないかって度々悲しくなる。

 

でもやっぱり音楽だけはずっと好きかも知れない。

正直音楽が自分の軸と言うことにかなり抵抗があった。あったというかずっとある。令和のこの時代音楽なんて人間の生活の一部だし街にでて聞かないことの方が難しい。楽器ができるわけでも歌が上手いわけでもなく、自分の作品なんて当然ない。それでも音楽が自分の軸であるとようやく言えるようになってきたかも知れない。思い返してみれば自分の思い出の中に音楽がなかったことが一度もない気がする。保育園の時でさえ車で流れてくるアラレちゃんの曲と親父のお気に入りの70年代の洋楽ベストを口ずさんでいた。後になってあのCDにコンポから雑音が流れてくるようになったときは本当にいたたまれなくなってご飯の味がしなかった。お父さん本当にごめん。小学校で初めてiPodを買ってもらって狂ったようにGReeeeNを聞いてた。姉のウォークマンで聞いたRADWIMPSおしゃかしゃまが本当にお経に聞こえていた。中学でできた友達にポルノグラフィティを教えてもらってカラオケで全曲歌った。朝の8時から夕方の18時までラウンドワンのカラオケに入り浸ったり隣町の激安カラオケまで自転車で1時間弱かけて歌いに行った。高校で本格的にバンドにハマった。初めてライブに行ったthe peggiesのライブのことは全く覚えてない。でも金がある限り行った。EDMもボカロもアイドルも高校生のときに教わった。浪人したときも勉強中はずっとaikoを聞いてた。大学に入ってからはマイナーバンドを漁り続けた。残りの人生の全ての時間を使ってもこの世界の曲の全てを聞けないという世の中のバグを見つけたときは同じ曲を聞くことがもったいないとさえ思った。今まで出会った個性がすぎる友達全員が違う音楽が好きでおれもまたみんなと違うけど同じ音楽を聞いてた。社会人になっていったlaura day romanceのsad numberをきいて人生で初めて曲を聞いて泣いた。

昨日の晩御飯も覚えていないような自分がここまで音楽のことを話している、これはもうそういうことでいいんじゃないかと思いました。

 

趣味を聞かれたときと普段休みの日は何をしてるかと聞かれたとき自分は何も言えなくなる。

でも音楽が趣味で良かったのかもしれない。起きてすぐも移動中も仕事中も帰ってからも寝ている時でさえ音楽が流れているのに、それが人生だと言わずしてなんだというのか。今の自分から音楽を取り上げてしまえばきっと苦痛で3日ともたず死ぬと思う。音楽が趣味、それでいいじゃないか。何より友達と好きな曲を流し合いタラタラ喋っている時間が何より楽しい。本当にそれだけでよかったんだと思います。

これからも音楽だけは死ぬまで聞くと思います。自分の葬儀用プレイリストも用意してます。

明日になったらあれも書けば良かったなあって200回思うんだろうなぁ。もし結婚するならビールを一緒に飲んでくれる人がいいってずっと思ってたけど、同じ音楽が好きな人も追加しようとおもいます。コピーバンドをするならサンボマスター以外したくないです。

安いヘッドホンで幸せになります、好きだ、音楽